【画像】時任三郎の妻wwwwww

1: 砂漠のマスカレード ★ 2017/11/11(土) 06:49:07.17 ID:CAP_USER9

no title

「先週まで、1カ月半ほど海外に出ていました。インド、ブータンにある聖地を巡る旅です。
祈りを捧げ、クンダリーニヨガ(※ヨガの一種で、身体面よりも、より精神面の変化を重視している)を極めようと試みる毎日でした。
これまでも、さまざまな国を巡ってきましたが、いつも素晴らしい出会いや、大切なメッセージに恵まれることに感謝しています」

大きな瞳を輝かせながら、話してくれたのは時任千佳さん(50)。
ライフ・カウンセラーとして、日本のみならず世界を駆け回る彼女は、これまで大勢の人々の心を癒してきた。
明るい笑顔も印象的な千佳さんだが、少女時代は悩み苦しむことも多かったという。

「幼いころに両親が離婚し、母が家計を支えることになったのです。
よく霊体を見たり、話しかけられたりといった体験もありましたが、忙しくしている母になかなか甘えられない寂しさも、私の“霊媒体質”をより強めていったのかもしれません。
18歳からモデルの仕事を始め、さまざまな場所に赴くようになっても、ホテルに泊まって眠ることなんて、とてもできません。
地縛霊のために、一晩中おびえて過ごすこともしょっちゅうでした」(千佳さん・以下同)

しかし、当時の千佳さんは「怪しい人間」と思われることが嫌で、なかなか人に相談することができなかった。

「当時は、なぜ自分ばかりそんな目に遭うのかわかりませんでした。いま振り返ると、
『なぜ自分は生まれてきてしまったのだろうか』という虚無感や絶望感が、私を霊のいる次元につながらせていたのかもしれないと思います。
ぜんそくやアレルギーも私を苦しめました。体調が悪い日が続き、仕事のない日は家にひきこもっていましたね」

食事療法・鍼療法・漢方……と、いろいろ試してみても、なかなか快方には向かわなかった。

「わらにもすがる思いで、スピリチュアル系の書籍も読んでみましたが、あるフレーズが私の心に飛び込んできたのです。
それは、《なりたい自分を毎日寝る前にイメージする》というものです。
いまはよく耳にすると思いますが、当時は目からウロコが落ちる思いでした。
その日から“なりたい自分”を具体的にイメージするようにしました。いつも笑顔で元気になった自分の姿、愛にあふれた家庭、住みたい家……。
実はこのとき思い描いていたイメージは、すべて現実のものになっています」

イメージトレーニングとの出合いで、少しずつ笑顔を取り戻していった千佳さんには、もう一つの“運命的な出会い”が待っていた。
彼女が俳優・時任三郎(59)と出会ったのは22歳のとき。ドラマ『ふぞろいの林檎たち』シリーズで注目を集めた時任は、映画やCMでもその存在感を増していた。

「友人にパラグライダーのイベントに誘われたのです。『もっと元気になりたい』という思いもあって参加したのですが、足を捻挫してしまって(笑)……。
そんな私の足を氷で冷やしてくれたのが、イベントの主催者の時任だったのです」

時任と、千佳さんが結婚したのは’90年12月、彼女が24歳のときだった。
友人たちといっしょに行ったニュージーランドの山頂で、「ここで結婚式を挙げよう」とサプライズプロポーズを受けたのだ。
帰国後の’91年2月に入籍、4月には俳優・真田広之と“合同披露宴”を開催し、話題を呼んだ。

「結婚後、主人は意外に思ったかもしれません。
人前では明るかった私が、家では体調を崩して寝込んでばかりでしたから……。
実は結婚するまで、私の霊媒体質のことは、彼には話していませんでした。
私自身も“目に見えない世界”の存在を無意識に拒否していましたし、彼に『怪しい人間』と思われたくなかったからです。
『彼は、何でこんな私と結婚してくれたのだろう』、と悩む日もありましたね。でも主人は、もっと深いところで私を心配してくれていたようです」

時任が、千佳さんにいつもかけてくれていたのが「慎重になったほうがいいよ」という言葉だった。

「能力を意識しすぎることで、私が生きづらくなるのではないかと、考えていたのでしょう。
主人のおかげで、『自分は本当は孤独ではないのだ』と思えるようになり、自分を愛せるようにもなりました。
すると、むやみに霊体を見たり、霊に話しかけられたりということはなくなったのです。
私が能力をある程度コントロールできるようになったのは、主人との結婚がきっかけになっています」

http://news.livedoor.com/article/detail/13875184/
2017年11月11日 6時0分 女性自身

続きを読む